住み心地の保証
78歳で「涼温な家」を建てようと決断された方が言われた。
「この年になって、家を建てると聞くと、子供たちだけでなく友人たちもみんな反対します。今住んでいるマンションは、眺めも良く、買い物の便利もよく、医者や行政の窓口も近くにあり、暮らすのには本当に恵まれているのです」。
傍らの奥さんが大きく頷かれて言われた。
「本当にそうなんですよ。こんな暮らしやすいところはまたとないと思っています。けれど主人が、15年前にマツミさんで建てていただいた娘の家の隣の空き地に、どうしても「涼温な家」を建てて住みたいと希望するのです。ずいぶん迷いましたが、主人の希望に従おうと決心しました」。
話を聞いて、私は提案した。
「出来るだけ予算を削って、小さな家にして別荘のように使ってはいかがでしょう?」
すると温和なご主人の表情が厳しいものに変わった。
「私には、そのような考えはまったくありません。松井さんの本を熟読して『涼温な家』に住んでみたいと思ったのですから、予算を削るなどと考えてはいません。健康寿命を延ばすために投資するのです」。
そして、にこやかな表情になられて、「松井さんが自信と誇りを持って建ててくださる家に住みたいのですよ」と笑われた。
それから1年ほどして家が完成した。
「お引き渡しというのは、マラソンに例えると折り返し地点を回ったということです」。
「えっ!ゴールではないのですか?」
奥さんが、少し驚いたように聞かれた。
「はい。このお家が存続する限りゴールはありません。しっかりと家守り、ホームドクターとして働かせていただきます。
自信と誇りを持って建てるということは、その覚悟を決めたということなのだ。覚悟を決めてかからないことには、住み心地の保証はできるものではない。
ご夫妻の満面の笑顔に、心底からの喜びを感じた。
- 新しい家のカタチ
- 「丁寧な仕事に敬意を払う文化」を破壊する人たち
- 純米酒と父と母
- 心の涙で泣く人間
- からだで感じ、からだで考えるならば
- ロボットが造る家
- 妻が喜ぶ家を
- 自足できる家
- 工務店にしか造れない家
- 91歳で建て替える
- ある精神科医の話
- 住み心地は百薬の長
- 色のある屋根
- 「明るくて広い部屋」
- 住み心地の保証
- 税金は軽くなるとしても
- 松井 修三 プロフィール
- 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
- 1961年中央大学法律学科卒。
- 1972年マツミハウジング株式会社創業。
- 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
- 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
- 現在マツミハウジング(株)相談役
- 著書新「いい家」が欲しい。(創英社/三省堂書店)「涼温な家」(創英社/三省堂書店)「家に何を求めるのか」(創英社/三省堂書店)