からだで感じ、からだで考えるならば
コラムニスト・天野祐吉さんが、かつて日経に「手で考える」という一文を書いていた。
<「働く手をほめよう」という気持ちのいいCMを見た。
窓ガラスを拭く手。ぞうきんをしぼる手。鍋のふたを取る手。米をとぐ手。コップを洗う手・・・。(中略)
昔、花森安治さんは、子どもが小刀で鉛筆を削ることの大切さについて語り、小刀で削るのは指で考え、それを通して頭をきたえることであって、小学校の教室に鉛筆削りを置いたりするのはとんでもないことだと異議をとなえていた。
ぼくの友人の美容師も、お客の髪を指でさわったとたんに、髪がどうされたがっているのか、客の声を聞くよりも前に髪の声が聞こえると言ったことがある。世の中便利になることで、ぼくらの手や足はどんどんひまになった。それがすべて悪いとは思わないが、便利を追い求めることで失われていくものが、あまりに多すぎるんじゃないか。
からだで感じ、からだで考えることのなくなっていく世の中を、ただ指をくわえて見ているのは、いいかげんにしなくっちゃ。>
大手ハウスメーカーの家づくりを見ていると「働く手」がほとんど見当たらない。
組み立て、据え置き、張り付けて、「ハイ、一丁上がり」だからである。現場には、カンナを削る手、カナヅチを叩く手、ノミを持つ手、ノコギリを引く手、そしてそれらの道具が出す気持ち良い音もない。あるのは、手をいかにして省くかという経営上のテーマに対する見事なまでの答えだけである。
砂を噛むという表現がぴったりの家づくりなのだが、その名を「ゼロ・エネルギー・ハウス」とか「スマートハウス」と言い換えると、省エネという御旗の下では光り輝く存在となる。
大工、職人の手に代わって、太陽光発電をはじめ、蓄電池、HEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)、IoT家電、蓄電池などの最新設備を過剰なまでに装備し、AIスピーカーに話しかければ、照明・カーテンなども自動で操作できる、すなわち住む人の手を煩わせないのが最先端スマートハウス、またの名を「IoT住宅」という。
天野さんでなくても「いいかげんにしなくっちゃ」と言いたくなるほど、パナソニックをはじめ建材メーカーたちが、「いかにしてはたらく手を省けるか」というアイデア製品を競い合っている。
からだで感じ、からだで考えることを大切にする「住み心地いちばん」の家づくりからすれば、それらのほとんどはさしたる価値がない物ばかりである。
- 新しい家のカタチ
- 「丁寧な仕事に敬意を払う文化」を破壊する人たち
- 純米酒と父と母
- 心の涙で泣く人間
- からだで感じ、からだで考えるならば
- ロボットが造る家
- 妻が喜ぶ家を
- 自足できる家
- 工務店にしか造れない家
- 91歳で建て替える
- ある精神科医の話
- 住み心地は百薬の長
- 色のある屋根
- 「明るくて広い部屋」
- 住み心地の保証
- 税金は軽くなるとしても
- 松井 修三 プロフィール
- 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
- 1961年中央大学法律学科卒。
- 1972年マツミハウジング株式会社創業。
- 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
- 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
- 現在マツミハウジング(株)相談役
- 著書新「いい家」が欲しい。(創英社/三省堂書店)「涼温な家」(創英社/三省堂書店)「家に何を求めるのか」(創英社/三省堂書店)