「涼温な家」の欠点は?
「2泊3日で京都の紅葉を見てきたのですが、ショックを受けたものですから、お電話させてもらいました」。
こんな出だしの電話には、思わず身構えてしまうものだ。
「どうかなさいましたか?」
「はい、二つあります。
一つは、『ただいま』って玄関に入ったら、えっ暖房しているの?そんなはずはない。だれもいないのだから。
温度計を見ましたら、なんと室温が18度もあるのですよ。
前の家でしたら、間違いなく5度前後でした。
どなたの家も、3日も留守をして暖房していなくてもこんなに暖かいのでしょうか?」
4月にお引き渡しをしたTさんからの電話だった。
傍らの内外温度計に目をやると、外は1.5度、内は22.3度。
「もう一つは何でしょう?」
私は、安心するとともに二つ目の話が心配になった。
「宿のことです。毎年泊まっているのですが、今回は部屋についているエアコンの暖房が気になってよく眠れなかったのです。風もいや、音もいや。それに、脱衣所が風邪を引いて熱でも出たのかと思うほど寒く感じたのです。
ライトアップされた庭が見える内風呂はとても素敵で、いつも2回は入るのに寒くて入る気がしませんでした。
この家は、ありがたいです。帰ってきて、スイッチポンで2時間後のいま、家中が暖かくなりました。
「ああ、そういうことでしたか。ショックを受けられたと聞きましたので、何か家に不具合があるのかと心配しました」。
ひとしきりお互いに笑った後で、ご主人に代わった。
「いやー松井さん。この家はほんとうに素晴らしい。唯一の欠点は、住み心地が良過ぎることです。
京都の旅館は、私の大学時代からの親友の実家でしてね。
ここ10年ほど毎年行くことにしているのですが、来年は行けなくなってしまいそうです。
女房にもう行きたくないと言われると、一人では行く気にもなれないんでね」。
私は、適当な答えが思いつかず笑った。Tさんは続けた。
「このあいだ、『これからは空気も選ぶ時代』という新聞の一面広告を見ましたよ。まさに、そのとおりだと思いましたね」。
「パナソニックのエアコンの広告ですね。私も見ました」。
「でも、エアコンだけでは家の空気は変わりっこないし、家中を快適にはできないでしょ」。
「私もそう思います。住み心地は、換気と冷暖房の組み合わせ方で決まるのですから」。
Tさんは、笑った。
「松井さん、勉強会で教わりましたよ。『換気が主、冷暖は従』とね。
実際に住んでみて、『涼温な家』の素晴らしさに感動しています。夏も快適でしたが、こうして突然のように冬を迎えるとつくづくありがたく思います」。
「私もよ」。
電話の向こうで、奥さんの弾むような声が聞こえた。
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- 松井 修三 プロフィール
- 1939年神奈川県厚木市に生まれる。
- 1961年中央大学法律学科卒。
- 1972年マツミハウジング株式会社創業。
- 「住いとは幸せの器である。住む人の幸せを心から願える者でなければ住い造りに携わってはならない」という信条のもとに、木造軸組による注文住宅造りに専念。
- 2000年1月28日、朝日新聞「天声人語」に外断熱しかやらない工務店主として取り上げられた。
- 現在マツミハウジング(株)相談役
- 著書新「いい家」が欲しい。(創英社/三省堂書店)「涼温な家」(創英社/三省堂書店)「家に何を求めるのか」(創英社/三省堂書店)